2008年4月2日水曜日

株式56

*[[1950年]][[9月7日]] [[東京証券取引所]]が現在の算出方式([[修正平均株価]])で計算を開始**(取引所再開時の[[1949年]][[5月16日]]までさかのぼって算出)*[[1969年]][[7月1日]] 東京証券取引所が[[東証株価指数]]の公表を開始*[[1970年]][[6月30日]] 東京証券取引所が修正平均株価の公表を打ち切り*[[1970年]][[7月1日]] [[日本経済新聞社]]が修正平均株価の公表を開始*[[1971年]][[7月1日]] 日本短波放送(現・[[日経ラジオ社]] = ラジオNIKKEI)が「NSB225種平均株価」の名称で公表を開始*[[1975年]][[5月1日]] 日本経済新聞社と[[ダウ・ジョーンズ]]が提携し、「日経ダウ平均株価」と名称を変更*[[1985年]][[5月1日]] 「日経平均株価」と名称を変更**(日経ダウ平均を指標とする金融指標[[先物取引]]実施の動きに対し、当時[[デリバティブ]]に否定的な立場だったダウ・ジョーンズが難色を示したため)*[[1985年]][[10月1日]] 公表値の更新頻度が1分毎になる*[[1986年]][[9月3日]] [[シンガポール]]国際金融取引所にて日経平均先物取引開始*[[1988年]][[9月3日]] [[大阪証券取引所]]にて[[日経225先物取引]]取引開始*[[1989年]][[6月12日]] 大阪証券取引所にて[[日経225オプション取引]]開始*[[1989年]][[12月29日]] 算出開始以来の最高値([[ザラ場]]38957.44円、終値38915.87円)*[[1990年]][[10月1日]] 最高値からわずか9ヶ月で一時2万円割れ。[[バブル経済]]崩壊へ*[[2000年]][[4月24日]] 30銘柄にも及ぶ大量の入れ換えを実施。物議を醸す。*[[2001年]][[7月13日]] 東京証券取引所、大阪証券取引所に日経平均の[[上場投資信託]]が上場*[[2001年]][[9月12日]] 米国同時多発テロ翌日、[[1984年]]以来の1万円割れ*[[2003年]][[4月28日]] 算出開始以来の最安値([[ザラ場]]7603.76円、終値7607.88円)*[[2006年]][[7月18日]] 大阪証券取引所にて[[日経225mini]]取引開始*[[2006年]][[8月14日]] 首都圏で発生した大規模停電の影響を受け、日中に算出停止のトラブル(1970年以来初)。